物理的宇宙

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エントロピーとエネルギーの基本的な関係

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熱力学で扱う系

熱力学で扱う系のハミルトニアンのエネルギー固有値には下限があるが、上限がない

エネルギーに下限があることは量子力学の基本的な性質であると考えられている。

素朴には素粒子が存在しない状態を最低エネルギー0の状態と考えることができる。

相互作用する場合には真空状態に粒子が存在しないと言い切れないのが厄介だが、それでもとにかく最低エネルギーの状態は存在すると考えられており、それは真空状態と呼ばれる。たとえば、この仮定から負の質量の物質・素粒子は存在しないと考えられる。というのも、負の質量の物質をたくさん集めればいくらでも低いエネルギーの状態を作ることができてしまうため、エネルギーに下限をつけることができなくなるからだ。

 

しかし、古典力学の体系では必ずしもエネルギーの下限は仮定されない。例えばニュートン重力の例を考えるとポテンシャルエネルギーが-1/rに比例していることから、r=0でエネルギーが負の無限大を取る。このような場合は熱力学の体系はうまく当てはまらない。クーロン力が引力の場合のポテンシャルにも同じ問題が生じる。現実の系は量子系なのでこれらの問題が生じないような仕掛けがあるけれども、重力だけは未だに量子力学としてうまく記述できていないため、際どい面がある。ニュートン重力ではなくアインシュタイン重力を考えるべきだというのは正論だが、一般相対論におけるエネルギーは局所的に定義することができず、通常の古典あるいは量子力学とは事情が根本的に異なる。

 

エネルギーの上限がないということは、実際の系ではごく自然な性質である。運動エネルギーや粒子数を増やしていけばいくらでも高いエネルギーの状態を作ることができると容易に想像される。だが、モデルとして二準位系など単純な系を考える場合は成立しないので注意する必要がある。

この条件の下で以下の性質を導きたい。

エントロピーとエネルギーの基本的な関係

エントロピーはエネルギーについて狭義単調増加であり、上に凸の関数である。つまり、

E_1\gt E_2 \Rightarrow S_{th}(\hat{H},E_1)\gt S_{th}(\hat{H},E_2)

E_1\geq E \geq E_2, 0\lt\lambda\lt 1 \Rightarrow S_{th}(\hat{H},\lambda E_1+(1-\lambda)E_2)\geq \lambda S_{th}(\hat{H},E_1)+(1-\lambda)S_{th}(\hat{H},E_2)

【証明】

まず上に凸であることを示す。E_1\geq E \geq E_2, 0\lt\lambda\lt 1とする。

\hat{\rho}_1,\hat{\rho}_2をそれぞれ(\hat{H},E_1),(\hat{H},E_2)最大エントロピー状態であるとする。すなわち

Tr(\hat{H}\hat{\rho}_i)=E_i(i=1,2)...①

S_{VN}(\hat{\rho}_i)=S_{th}(\hat{H},E_i)(i=1,2)...②

ここで、

フォンノイマンエントロピーの凹性(上に凸性)を用いる。つまり、

\sum_ip_i=1,0\leq p_i\leq 1に対して、\sum_ip_iS_{VN}(\hat{\rho}_i)\leq S_{VN}(\sum_ip_i\hat{\rho}_i)

これを2つの状態について用いると、

\lambda S_{VN}(\hat{\rho}_1)+(1-\lambda)S_{VN}(\hat{\rho}_2)\leq S_{VN}(\lambda \hat{\rho}_1+(1-\lambda)\hat{\rho}_2)...③

ここで、右辺に登場する状態のエネルギー期待値は①より

Tr(\hat{H}(\lambda \hat{\rho}_1+(1-\lambda)\hat{\rho}_2))=\lambda E_1+(1-\lambda)E_2

であるから、熱力学的エントロピーの定義より、

S_{VN}(\lambda \hat{\rho}_1+(1-\lambda)\hat{\rho}_2)\leq S_{th}(\hat{H},\lambda E_1+(1-\lambda)E_2)...④

③の左辺については、②より

\lambda S_{VN}(\hat{\rho}_1)+(1-\lambda)S_{VN}(\hat{\rho}_2)=\lambda S_{th}(\hat{H},E_1)+(1-\lambda)S_{th}(\hat{H},E_2)...⑤

③、④、⑤より、確かに、

S_{th}(\hat{H},\lambda E_1+(1-\lambda)E_2)\geq \lambda S_{th}(\hat{H},E_1)+(1-\lambda)S_{th}(\hat{H},E_2)...③

 

次に、狭義単調増加性について示す。

そのために、今示した上に凸性が狭義の上に凸であることを確認する。

E_1\not{=}E_2のとき、\hat{\rho}_1\not{=}\hat{\rho}_2である。

フォンノイマンエントロピーの凸性が狭義の上に凸なので、このとき③の等号は成立しない。

ゆえに③の等号も成立しない。

従ってエントロピーはエネルギーについて狭義上に凸である。

 

エントロピーがエネルギーに対して狭義単調増加ではないと仮定する。

狭義上に凸な関数が、狭義単調増加関数でないとするなら、E→∞の極限で-∞になる。このことを用いると、エネルギーの上限が存在しないので、必要なだけエネルギーを大きくすれば、負のエントロピーの状態を作ることができる。これはエントロピーの非負性と矛盾している。従って仮定は誤りであり、エントロピーはエネルギーに対して狭義単調増加である。

 

証明の仮定で得た命題を記録しておく。

エントロピーはエネルギーに対して狭義上に凸である。

エネルギーの下限が存在することについて

エントロピーがエネルギーに対して狭義上に凸であり、狭義単調増加関数であることから、もしエネルギーに下限が存在しないとすると、エントロピーが負になってしまい、エントロピーの非負性と矛盾する。

エネルギーに下限が存在するという仮定は、このようにして熱力学が破綻するのを防いでくれている。

もしエネルギーに上限も下限もなければ、与えられたエネルギーに対していくらでも大きなフォンノイマンエントロピーを与える密度演算子を作ることができるから、熱力学的状態が定義できないという困難が生ずる。それがこの破綻の原因だ。

 

また、熱力学の一大原理として、永久機関は存在しないという命題がよく知られている。

当ブログの体系においてこれはのちに帰結として証明されるが、エネルギーに下限がないとすると永久機関が存在してしまうことになるだろう。というのも、無限の負のエネルギーをもつ系を作ることができるならば、その作成過程において外界にエネルギーを無限に供給することができるからである。そのような、エネルギーの下限が存在しない例として、ニュートン重力によって相互作用する質点の例をのちに見る。

エネルギー表示の基本関係式

狭義単調増加性から、

S=S_{th}(\hat{H},E)

をEについて解くことで、

E=E(\hat{H},S)

と書くことができる。これはエントロピーについて下に凸である。

パラメーター\{X_i\}_{i=1,2,...n}に依存したハミルトニアンを考える時、この関数は

E=E(S,X_1,X_2,...X_n)

と書ける。これをエネルギーについての基本関係式という。