物理的宇宙

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量子状態とは何か?量子力学の解釈、観測問題、波動関数の収縮について

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概要

量子力学の解釈について密かに頭をなやませている人は多いかもしれない。量子力学の解釈をめぐっては多くの混乱がある。まず量子論の標準的な解釈には一つの観念的ではなく明確に論理的な問題点が存在するということを示し、それを解決するためのシンプルな解釈を提示する。

コペンハーゲン解釈:標準的解釈

標準的解釈

はじめに、シュレディンガー描像に基づく量子論の標準的解釈を確認する。

  • 量子状態は時間変化し、その時刻における系の全ての物理的な情報が含まれている(隠れた変数は存在しない)。
  • 系が測定されていない間、量子状態はシュレディンガー方程式に従い時間発展する
  • 系が測定された瞬間、得られた測定値に属する固有状態に量子状態が変化する。この過程だけはシュレディンガー方程式に従わない。
  • どの測定値が得られるかは確率的であり、ボルンの規則に従う。決定論的に予測することはできない。

以上の四つのルールを順番にルール1〜ルール4などと呼ぶことにする。「量子状態」は「状態ベクトル」あるいは「波動関数」などと読み替えても差し支えない。

孤立実験室の思考実験

ここで一つの思考実験を考える。実験者Bは中に実験者Aがいる密閉された実験室Rを作る。宇宙空間に放り出す実験室Rは他の物質からは十分離れている孤立系だとみなすことができる。はじめに時刻t=0において実験者Bは実験室R全体を測定し、Rの量子状態の初期状態を知る。次に実験者Aはあらかじめ用意された実験をt=T>0の時刻にR内で行い、なんらかの量子系の測定Mを行う。最後にBはRを回収し、AはBに実験結果を報告する。

 

実験者Bの立場になって考えてみよう。Rは孤立系なので、ハミルトニアンは時間依存せず、ルール2からRはユニタリ時間発展する。したがってt=0の量子状態から、t>0の状態を計算することができる。t=Tの実験時におけるRの量子状態もわかるので、ルール1から、この時R内で行われた測定Mの測定結果はあらかじめ確定している。ところがこれはルール4と矛盾する。測定結果は確率的にしかわからないはずだからだ。

 

このパラドックスをもう少し詳細に述べた記事がこれだが、本質的にはこの思考実験と何ら変わらない内容である。

https://as2.c.u-tokyo.ac.jp/archive/MathSci469(2002).pdf

パラドックスの分析

このパラドックスはルール1,2,4を使っているので、この三つのルールの少なくとも1つを変更する必要がある。ところがルール2とルール4は量子論の計算の基礎を成しており、これが間違いであったとすると量子論が現象の予言に成功したことは単なる僥倖にすぎないことになる。それはあまりに不自然なので、ルール1を変更することが妥当だ。

新しい解釈の提案

QBism

ルール1に対して、以下のように最も素朴に変更を加えるのがQBismの考え方だ。パラドックスの状況を考えれば、実験者Aにとっては確率的な測定が、実験者Bにとっては決定論的であるということは、両者にとっての測定対象の量子状態は異なるものである。つまり量子状態とは主観的なものなのだ。そこでルール1を以下のように書き換える。

  • 量子状態とは観測者の知識を反映する主観的なものであり、物理的で客観的な系の状態そのものではない

このQBismの考え方は部分的に正しいが、重大な問題もある。自然界の法則が主観的な知識を用いて記述されるならば、人間のような知識を蓄えることができる知的生物が誕生する以前や絶滅した後においては、宇宙は自らを統制するルールを失う。無秩序状態となるのか、それとも宇宙そのものが存在しなくなるのかということになるしかない。それはあまりに荒唐無稽だ。

別の解釈の模索

そこでここでは新しい解釈を模索する。

 

ボルンの確率解釈によると、量子状態|ψ>に対して固有状態の基底が{|e_i>}_i=1,2,....であるようなオブザーバブルによる測定をして、e_iに対応する固有値を得て量子状態が|e_i>となる確率は

|\lt e_i|\psi\gt |^2

である。これが条件付き確率

Prob(e_i|\psi)=|\lt e_i|\psi\gt |^2

のように見えるため、量子状態e,ψを状態ではなく条件としてみるというのが発想の第一歩である。例えば、|e_i>とは測定でi番目の固有値を得たという条件(確率の用語では事象)だと解釈する。この条件付き確率の式は、「基底{|e_i>}_i=1,2...で測定する」という条件が抜けている点で不正確だが、とにかく状態を条件としてみなすというアイデアを押し進めていく。

 

するとルール2は「条件が時間発展する」と解釈でき、若干不自然だ。そこで状態ベクトルが時間発展しないハイゼンベルク描像を基本にして考えると、同時にルール3の時間発展が二種類あって不自然だという問題も解消される。

 

量子状態は系についての条件なので時間発展などしないのだ。量子状態の変化に見えるものは、単に系の条件が測定によって更新されていくにすぎない。だからこそいわゆる「波動関数の収縮」がどのようなメカニズムで起こっているのかとか光速を超えるとかいったことで悩む必要もない。思考実験で示した状況のように、ときに量子状態が観測者によって違うのも、単に条件付き確率を計算する際の前提条件が異なっているからということにすぎない。まとめると、測定時刻における測定結果を表す、系に課せられた条件が量子状態であると解釈できる。

量子状態を条件とみなす解釈

以上のような考察から、ハイゼンベルク描像に基づく、新しい量子論の解釈を定式化する。

  • 量子状態とは、系の測定時刻における測定結果を表すものである。
  • どの測定値が得られるかは確率的であり、ボルンの規則に従う。決定論的に予測することはできない。ここで用いる状態ベクトルは「測定時刻における状態ベクトル」ではなく「最新の測定結果に対応する状態ベクトル」である。

量子状態には測定の一瞬における情報しか入っていないので、量子状態は系の全ての情報を含むということはあり得ない。むしろ測定していない間のことは一切言及しない。(測定の瞬間における系の状態も、完全に含まれているとは限らない。)

この解釈に基づくなら、量子状態とは、古典論で言うところの初期条件や終端条件、あるいは境界条件に近い存在であるといえる。

 

実際の時間発展を扱うためには、オブザーバブルが時間に依存することを使う。だがこれも「オブザーバブルが時間発展している」というよりは、異なる時刻における測定は原則的に異なる測定でありオブザーバブルだが、「異なる時刻の間のオブザーバブルを『同じ』オブザーバブルの時間発展と約束している」と解釈するべきだ。

シュレディンガー描像を用いる際の注意点

シュレディンガー描像とハイゼンベルク描像は等価だとされている。基本的にそれは正しい。だが量子論の解釈を考える上ではシュレディンガー描像は混乱を招きやすい。あたかも測定していない時の系の状態を記述しているかに見えるからだ。このことに注意すればシュレディンガー描像は数学的に便利な道具だ。