物理的宇宙

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量子論の公理

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この記事では量子論の公理について説明する。量子論を展開する上で最小限必要な仮定を選んだ。量子力学と場の量子論に共通な部分のみをまとめた。

通常の公理系との違い

シュレディンガー方程式などの、時間発展についての側面はあえて加えなかった。それは時間並進という対称性変換を考える上で定義されるものだからだ。それは時空の構造を規定する古典論と組み合わせる段階で初めて導入される。

さらにこの公理は時間発展を導入する際もハイゼンベルク描像を採用する。

また、量子状態とは何なのかという問いに対して明確な定義を与えた。

数学的には純粋状態をベクトルではなくトレース1の密度演算子で表す流儀をとった。

可換測量のエルミート演算子をはじめから仮定するのではなく、物理量がエルミート演算子で表される理由は後から説明される。その代わり、測定はトレース1の射影演算子の完全系をなす集合によって定義される。

また、複合量子系の量子状態についての仮定を公理に加えた。これはしばしば無視されるが、他の法則から導出することは不可能だと思う。

この記事は量子論の解釈についてのこの考察に基づく。

以下、公理とその補足説明を述べるが、数学的な前提については当ブログの造語が存在するので特にこの記事を参照してほしい。

physicalcosmos.hatenablog.com

量子状態とその測定

  • 公理1-1 状態ベクトル空間:考えている量子系の理論に対応したヒルベルト空間\mathcal{H}が存在する。それを状態ベクトル空間という。

  • 公理1-2 基底測定:基底測定とは系を最も精密に測り取得しうる最大の情報を得る測定のことである。基底測定には状態ベクトル空間の純粋完全系\{\hat{P}_i\}_iが一意に対応しており、その測定の結果実現しうる各測定結果が、各純粋演算子に対応している。
  • 公理1-3 量子状態:系の量子状態とは、系を基底測定したその測定結果のことを意味し、それに対応する純粋演算子\hat{P}で表される。量子状態は系を測定した瞬間についての状態であり、系を測定していない時のことは言及しない。

  • 公理1-4 合成系の量子状態:系1と系2が無関係に存在するとする。系1と系2の状態ベクトル空間がそれぞれ\mathcal{H}_1,\mathcal{H}_2であり、状態がそれぞれ\hat{P}_1,\hat{P}_2であったとする。このとき合成系(複合系)の状態ベクトル空間\mathcal{H}_1\otimes\mathcal{H}_2であり、量子状態は\hat{P}_1\otimes\hat{P}_2である。
公理1-1について

量子論を展開する上で必要なヒルベルト空間について述べている。だが量子論を考える上ではじめからどのようなヒルベルト空間を考えるかがわかっているとは限らない。ヒルベルト空間について後から制限を加えるという理論展開もありうる。

公理1-2について

いわゆる射影測定の話をしているが、ここではさらに限定して射影演算子のランクが1であるような測定を考えている。ランクが2以上の場合(縮退した物理量を測定する場合などに考えられる)を考えると、測定後の状態が測定結果だけでなく測定前の状態にも依存してしまうという問題点があり、公理1-3において量子状態の定義を測定結果そのものだと解釈することができなくなる。そのような場合を排除した測定を「基底測定」と呼ぶことにする。状態ベクトルの正規直交基底を定めれば決まるような測定だからである。

1-1で定めた数学的にありうる全ての純粋完全系に対して物理的な基底測定が存在するとは限らない。超選択則がある場合、対応する物理的な基底測定が存在しない純粋完全系が存在する。

公理1-3について

ここでいう「量子状態」とは純粋状態のことのみを指し、純粋状態を表すのにも(純粋演算子という名前のついた)密度演算子の記法を用いている。そのメリットは位相の不定性が消えるということだけでなく、測定結果を量子状態と同一視するという解釈を自然なものとすることだ。

量子状態Sを用意する時は、系を十分な数だけ用意し、次に状態Sに対応する純粋演算子を含む純粋完全系の基底測定で用意した系を一つづつ測定し、最後に用意したい量子状態を意味する測定結果が得られた系を取り出せば良い。

量子状態とは何なのかということが量子論の解釈問題を曖昧にさせている原因だったが、このように定めることで概念的な混乱を避けた。

また、量子状態を用意するということと量子状態を基底測定するということを同一視することは、量子論の一元的な理解を可能にする。

ここではハイゼンベルク描像を採用していることに注意してほしい。つまり量子状態は測定の瞬間についての系の状態であって、従って概念的にそれが時間発展することはない。この解釈は量子論についてのパラドクスを回避し、量子論の物理的イメージを描くためにも重要だと思う。

公理1-4について

この公理は測定結果の論理積(and)がテンソル積(\otimes)で表現されるということを表している。つまり測定結果についての論理式として\hat{P}_1\land\hat{P}_2=\hat{P}_1\otimes\hat{P}_2である。それでは論理和(or)はどう表せるのかというと、論理和は含まれている情報が論理積より小さいため、最大の情報ではない。従って量子状態の論理和は量子状態ではないと考えられる。

 

この公理は、一応公理としておいたが、ほとんど導出可能であると言える。なぜなら、系1,2のヒルベルト空間の次元をそれぞれN,Mとすると、系1,2両方の測定は(特にこれらが互いに無関係であるとき)、合成系としては、N通りの測定結果*M通りの測定結果=NM通りの測定結果をもたらす。ゆえに合成系の基底は系1,2の基底の組で指定することができるはずである。そのような基底の作り方としてテンソル積はまさにほぼ唯一の選択肢といえる。しかも、公理2を使うことで、系1,2の遷移確率の積が全体としての確率にもなっていることがわかる。

ボルンの確率規則

  • 公理2 ボルンの確率規則:直近の測定による測定結果(量子状態)が\hat{P}_{pre}であったとき、その系に対し基底測定\{\hat{P}_i\}_iを行う。その測定で測定結果\hat{P}_jを得る確率はProb(\hat{P}_j|\{\hat{P}_i\}_i,\hat{P}_{pre})=tr(\hat{P}_{pre}\hat{P}_j)である。

公理2は、直近の量子状態\hat{P}_{pre}を条件とする条件付き確率を表している。もし\hat{P}_{pre}を測定した後、基底測定\{\hat{P}_i\}_iを行う前に再び何らかの測定をして異なる測定結果を得た場合、\{\hat{P}_i\}_iの確率分布は変化する。それは条件付き確率の条件が変化したからである。測定したことにより意識が作用したからとかそういうことは関係ない。量子力学の体系に人間の意識は必要ない

測定と測定の間の系の状態については量子力学は言及しない。それはブラックボックスとして扱う。量子論は測定と測定の間の条件付き確率だけを計算する。

基底測定の確率の和が1になっていることを確認する。完全性関係から

\sum_jProb(\hat{P}_j|\{\hat{P}_i\}_i,\hat{P}_{pre})=\sum_jtr(\hat{P}_{pre}\hat{P}_j)=tr(\hat{P}_{pre}\sum_j\hat{P}_j)=tr(\hat{P}_{pre}\hat{I})=1