熱力学的過程の定義と分類について説明する。
単独過程
単独過程とは、熱力学的状態から別の熱力学的状態へ以下のように変化の過程のことである。
- 最初、ある熱力学的状態(初期状態)である。
- 途中任意の仕方で変化する。この過程において系は熱力学的状態とは限らない。
- 最終的に、系を孤立させて、その時t_finの密度演算子のエネルギー期待値を熱力学的なエネルギーとする熱力学的状態(終状態)と見做し、密度演算子は最大エントロピー状態の密度演算子に書き換える。この操作によって再び系を熱力学的状態とみなせる。
途中の変化の仕方によって以下のような幾つかの種類に分類される。
だがいずれも最終的に系を孤立させ、その分布を最大エントロピー状態であるとみなす。この最後のステップは、系の以前の状態や変化の過程を忘却してしまうことによって、密度演算子をから最大エントロピー状態(統計力学では、これをミクロカノニカル分布で近似する)に変更することを意味する。
この密度演算子の書き換えを最後に行えば、熱力学的エントロピーはフォンノイマンエントロピーと一致する。この書き換えを行わないと、熱力学的過程を経過する前の状態や、その過程の情報が密度演算子に残ってしまうので、熱力学的エントロピーはフォンノイマンエントロピーと一致しない。
準静的過程
準静的過程とは、(②において)系の変化が無限にゆっくりした過程であると定義する。
準静的過程は多くの場合、系を常に熱力学的状態、すなわち最大エントロピー状態とみなす過程のことを言うが、ここではそれは別に定義する。
最大エントロピー過程
断熱過程
断熱過程とは、②の過程で量子系として閉じている(ゆえにフォンノイマン方程式に従う)が、系のハミルトニアンが時間変化する過程のことをいう。パラドックスを回避するために、ここでも過程において測定を行ってはならないという条件を加える。
例えば断熱壁によって囲まれたピストンによって体積を変化させるような過程は、ハミルトニアンのパラメータVが時間変化しているとみなされ、断熱過程である。
ハミルトニアンの時間発展によらずにエネルギーが移動してしまうことを熱エネルギーの移動とみなす。
物質の出入りによって粒子数が変化する過程も、量子開放系になっているので、断熱過程には含めない。
準静的断熱過程
②の過程においてハミルトニアンの時間変化が十分ゆっくりであるような断熱過程を準静的断熱過程と呼ぶ。
断熱定理より、初期状態がi番目エネルギー固有状態ならば、時間発展を経ても常にその瞬間のハミルトニアンのi番目エネルギー固有状態であり続ける。だからエントロピー最大状態がいつもミクロカノニカル分布のようなエネルギー固有状態だけの等確率アンサンブルで近似できる場合は、エントロピー最大が常に自動的に満たされ、常に熱力学的過程であるとみなすことができる。そのような場合は準静的断熱過程は最大エントロピー過程でもある。
孤立過程
孤立過程とは、②の過程において量子系として閉じており、系のハミルトニアンが時間変化しないような場合の過程をいう。すなわち、ハミルトニアンが変化しない断熱過程のことである(系が常の最大エントロピー状態であることはエネルギー保存則とフォンノイマンエントロピーのユニタリ変換不変性から言える)。
この定義では気体の仕切りを外して自由膨張させることを孤立過程とは考えない。ピストンの仕切りを外すという行為は、ハミルトニアンを変化させることだと考えられる体。
系の合成と分割
系の合成と分割について注意点を述べる。系の合成と分割は量子論に基づいて、それぞれ密度演算子のテンソル積と部分トレースによって行われる。そのような合成や分割が単独過程の②で行われる場合を考えることで、一般の熱力学的過程を扱うことができる。また、二つの系を合成してから相互作用させることなども考えられる。そのような例が次の熱的接触である。分割の際は最終的に二つの系ができるが、それらを両方熱力学的状態として扱うには、一般にはそれをそれぞれについて最大エントロピー状態に書き換えなければならない。だが熱的接触の場合は以下のようにそれが不要である。
熱的接触
熱的接触の定義
二つの熱力学的状態の系1,2の熱的接触とは以下のようなプロセスのことをいう。
熱的接触後の温度の一致
最大エントロピー状態の部分状態もまた最大エントロピー状態である。つまり、熱的接触後のそれぞれの状態は熱力学的状態である。そして、熱的接触後の2つの系の温度は等しい(この温度を熱平衡温度ということにする)。
【証明】
④の段階について考える。
相互作用をしていない二つの系はハミルトニアンが
と各系のハミルトニアンの和に分解できる。故に、エネルギー期待値の和は全体のエネルギー期待値に等しく、一般的な性質からフォンノイマンエントロピーについてのその和は全体のフォンノイマンエントロピーに等しい。このようなエントロピーとエネルギーについて相加性が成り立つことを念頭に置く。
全体のエントロピー最大状態がどのような状態かを考える。系全体のエネルギー平均とハミルトニアンは定まっており、系1,2のエネルギー平均だが和はであるためだけを変数とできる。エネルギー分配を定めたらそれぞれの部分系においてエネルギー期待値とハミルトニアンが定まる。従って最大エントロピー状態を考えれば、全体としての最大エントロピー状態になる。故に系1,2は(あえて密度演算子を書き換えるまでもなく)最大エントロピー状態であり熱力学的状態であることが示された。
このような場合のみを考えることにより、全体系のフォンノイマンエントロピーは、の関数として表せる。
他方でそれぞれのフォンノイマンエントロピーの最大値、つまり熱力学的エントロピーは、ハミルトニアンとエネルギー期待値で定まるから
と表せる。フォンノイマンエントロピーの加法性より、
を変数としてこれが最大化されるときは、微分係数が0である時なので
両辺はそれぞれの温度の逆数なので、
純粋な熱的接触
純粋な熱的接触は、単に二つの系を接触させて熱エネルギーの移動のみを行うイメージである。純粋な熱的接触ではない場合、②において二つの系の間で力学的エネルギーの移動があったり粒子の移動があったりする。
純粋な熱的接触の一意性
2つの与えられた系の純粋な熱的接触の結果できる2つの熱力学的状態は(②の相互作用によらず)一意的である。
【証明】
④において全体系のハミルトニアンとエネルギー期待値が定まっていることから、最大エントロピー状態が決まり、2つの熱力学的状態も一意に決まる。
純粋な熱的接触と温度差による熱エネルギーの移動
【証明】
「熱的接触後の温度の一致」の証明の後半部分の式
からスタートする。今回は純粋性から系1,2それぞれのハミルトニアンは変わらないことに注意する。
エネルギー分配が初期状態と同じなら、温度がなので
である。故に、が最大化されるE1はこれよりも小さい。すなわち、熱的接触によって系1のエネルギーが減り系2のエネルギーが増える。
エネルギーとエントロピーの基本的な関係より、エントロピーについても、系1が減り系2が増える。
また、温度とエネルギーの関係から、系1の温度は小さくなるか変化しない。系2の温度は小さくなるか変化しない。